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像高28cm
かつて普甲寺にあったものという。
織田信長の叡山焼(元亀2年・1571)の際、叡山の僧兵が逃げこんだことから、普甲寺も焼打ちされたと伝える。このとき一僧が厨子の仏像を背負い、山の尾根を伝って栃葉・小俣境の滝谷峠にたどりつき一祠を建てて祀ったが、歳古(としふ)りてやがてこの堂も荒れ果てたので、里人達が現在地に移して祀るようになったと伝える。
如意輪観音は、災害や病苦を除く息災法修法の本尊として制作される場合が多い。片膝をたて、きらびやかな像容で村里にはめずらしい観音像である。
このぺ一ジの弥勒、如意輪、薬師の3仏をはじめ、由良川筋の中世仏の豊かさは、多くの山城を残すこの地方の国人の動きとかかわり、その外護を受けた可能性も考えられ、今後の調査研究がまたれる。
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