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加佐地区の観光ポイントを紹介します!

場所は、加佐MAPページで紹介しています。
 毘沙門堂(国分寺・和江)
 和江谷の奥、国分寺跡と伝承する谷にある堂で、毘沙門天他4体の仏、及び役行者像、弘法大師像があったが、現在は、仏心寺に安置されてある。室町以降の比較的時代の新しいものと思われる。
 国分寺の僧が、山椒太夫屋敷から逃げてきた厨子王丸をかくまったため、太夫によって寺が焼き払われ、この毘沙門天だけが残ったと伝え、山椒太夫伝承の重要な舞台である。「人皇四十五代聖武天皇天平年間、国分寺をこの地に建立せられ、当毘沙門天を安鎮す」(毘沙門堂由来書木札)
 大般若経(大明寺・東神崎)
 「文禄元年朝鮮の役に細川氏の将士神崎より出帆す。後其戦死の者の為に伽藍を建立す依て高麗山大明寺といふ」(丹哥府誌)また帰国時漂着した加藤清正によって建てられたとも伝承する。海が荒れ上陸が困難であったので、持ち帰った経巻を海に投じて波を静めることができた。この大般若経が、それであるという。「大願主 観道/干時応永廿三年(1416)丙申九月廿四日 遂開眼供養畢」
とあり、室町時代前期の春日版大般若経に後世に清正伝説を付会させたと思われる。また巻の初めに釈迦十六善神の見返絵がある刊本はきわめて珍しい。
 十一面観音坐像(観音堂・丸田)
像高160cm
 丸田の山道を約500m登ると、山腹の堂に達する。息をのむほど大きく感じる坐像で、江戸時代の後補で数回の塗り重ねが行なわれ尊容をかえてはいるが、古仏を改造したともみえる風格がある。
 堂内木札に「当山観音尊像再興并御堂建立寄進/四郎三郎(以下略)/寛政八年六月」他2面の木札も、寛政八年(1796)の入仏を伝えるもの。
 如来像(小田内薬師堂・八戸地)
像高78cm,75cm,90cm
 樹齢約400年の榎の傍にたつ薬師堂に安置されている。
 4体とも一木造の平安仏である。堂に向かって左手の山間には、かつて七堂伽藍があったとも伝えている。この像は、伝承どおりこの地方での平安初期仏教の盛行をおもわせる遺物である。
 昔、泥棒が金箔を全部剥がしてしまってから、「小田内薬師は虫食い薬師」と子ども達にはやされるようになったと伝えている
 薬師如来坐像(薬師堂・八戸地)
像高85cm
 由良川下流にある八田の地名は、天正年間細川氏が田辺築城に際し、田辺郷八田の農民をこの地に移住させたことに由来すると言われている。その八田から更に分かれ谷奥に住居を定めたのは、紺屋町出身の8人(八戸地と名がつく)の人達であった。このとき大川の地にあった古い薬師さんを、「由良川を上下する舟を、沈めたり禍をするので困る。持っていけ。」と言われて貰い受けたと伝える。
 この像は、一木造、肉髻(にっけい)の高さ、豊かな頬、温和な相好、肩の張りがあり堂々たる風格は、平安後期の造像を思わせる。
 大川の地を見下ろす山上には、現在も薬師堂跡地(元薬師)があって、小祠に石造の仏像が祀られ、年に一度の祭が行われている。
 弥勒菩薩坐像(弥勒堂・志高)
像高63cm
 釈迦如来、毘沙門天、弘法大師像と共に安置される。
天保10年(1839)4月、堂前の永野きよ女に仏の託宣があって以来、きよ女が祈祷すると諸病や悩みごとがたちまち癒ったことから、このうわさが広がり、毎月5日、20日の託宣日には丹後丹波一円からの参籠者があって、門前で多数の宿泊者を収容したと伝える。
 この像は、もともと如来形であったものを木屎(こくそ)漆で頭部を改良し、宝冠を装飾して菩薩形にかえたものである。
 如意輪観音坐像(観音堂・栃葉)

像高28cm
 かつて普甲寺にあったものという。
 織田信長の叡山焼(元亀2年・1571)の際、叡山の僧兵が逃げこんだことから、普甲寺も焼打ちされたと伝える。このとき一僧が厨子の仏像を背負い、山の尾根を伝って栃葉・小俣境の滝谷峠にたどりつき一祠を建てて祀ったが、歳古(としふ)りてやがてこの堂も荒れ果てたので、里人達が現在地に移して祀るようになったと伝える。
 如意輪観音は、災害や病苦を除く息災法修法の本尊として制作される場合が多い。片膝をたて、きらびやかな像容で村里にはめずらしい観音像である。
 このぺ一ジの弥勒、如意輪、薬師の3仏をはじめ、由良川筋の中世仏の豊かさは、多くの山城を残すこの地方の国人の動きとかかわり、その外護を受けた可能性も考えられ、今後の調査研究がまたれる。

 薬師如来坐像(薬師堂・志高)
像高85cm
 一十二神将像(西神崎)
(亥)25cm(子)25cm
 向って右が宮毘羅(くびら)であり、「子(ね)」を表わし、頭部にねずみを彫りおこす。通形は岩座であるが、この宮毘羅は蓮台に立つところから金毘羅神を兼ねたと思われる。
 左は毘羯羅(びから)であり、「亥(い)」を表わし頭部に猪頭を彫りおこす。

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